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大型本 白旗史朗ヒマラヤ白籏史朗山岳写真集解説115カンチェンジュンガエベレストマカルーマナスルアンナプルナダウラギリヌプツェローツェ
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絶版大型写真集白旗史朗ネパールヒマラヤ
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カンチェンジュンガ山群
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マカルー 商品説明文に画像多数掲載
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ローツェ
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プモ・リ、アマ・ダブラム
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ヒマラヤひだの無名峰
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チョ・オユー
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ギャチュン・カン
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アンナプルナⅡ峰とⅣ峰
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マチャプチャレ
。EIJUN 永順 野の花の旅から 西オーストラリアに魅せられて 写真とエッセイ 著者 高橋永順 中央公論新社 2000年 初版 カバー付 2501-007M。J15-074 写真集 積丹 神々のいる岬 金澤 靜司。J19-084 縄田頼信写真集 ニュージーランドに恋して 巻頭に著者と思わしきサインあり。日本の庭 (名園編・作庭編・素材編/全2冊セット)毎日新聞社 昭和50年 監修:重森三玲。H23-002 世界の秘境 日本通信教育連盟 3冊セット 箱カバーに汚れ傷角破れ多数あり。。H11-063 日本の国立公園 学研。世界百名山 白川義員作品集(Ⅰ) 白川義員。木村伊兵衛のパリ/木村伊兵衛【著】。H05-016 PHOTONICA 南半球時間 フォトニカ四 パート1 押印複数あり。写真アルバム 松山市の昭和 愛媛県 樹林舎 2015 大型本 郷土本 郷土史 歴史 日本史 記録写真集。小傷み 辻勲原種カトレアの世界 南米への熱き想い。★初版 『 里山は未来の風景(全4巻セット) 』 今森光彦 金の星社。c21a 白川義員作品集 永遠の日本 小学館。世界百名山 II: パキスタン・ヨーロッパアルプス他 白川義員作品。渡辺義雄写真集 日本の塔 信仰とその象徴 毎日新聞社 本。絶版 尾道…セピア色の記憶 過去と現在をゆく今昔散策。幻のネイチャーフォトグラファー木原和人直筆識語入りサイン[光と風の季節]日本カメラ社重版 美本 夢枕獏絶賛カメラマン 一村哲也。H01-015 赤れんが北海道庁旧本庁舎写真集。送料無料 TIME LIFE【未踏の大自然】10冊。世界百名山 白川義員作品集(III) インド 中国ほか/白川義員(著者)。愛蔵版 ふるさと写真館/北国新聞社。[初版・レア本] ヘリコミが飛ぶ 東京の小離島 利島 御蔵島 青ヶ島 東京。S’特別限定版/森山大道【著】。洋書◆フェズ写真集 芸術と知識の街 本 フェス イスラム 建物 風景 景色。われら地球人 三輪晃久写真集/三輪晃久【著】。【限定1000部/謹呈本/署名入】『白籏史朗写真集のTHE GREAT KARAKORAM 』/東京新聞出版局/1997年/二重函/Y12348/mm*24_8/74-03-1A。東大寺 入江泰吉写真集/入江泰吉【著】。【謹呈本/署名入】『白川義員作品集 仏教伝来 全3冊揃』/学習研究社/1987年~/二重函/Y12404/mm*24_8/74-03-1A。写真集ネパールヒマラヤ/白籏史朗(著者)。白籏史朗 魅せられし山々/白籏史朗【著】。写真集 三養荘/畑亮夫(その他)。ボッシュ≪黄昏の叙情≫パステル。中国黄山 HUANGSHAN IN CHINA 華塾出版社 1980/5 本953。☆坂本万七遺作写真集 沖縄 ・ 昭和10年代 新星図書出版 発行 【沖縄・琉球・歴史・文化】。激レア☆黄山神韻―汪蕪生 山水写真集。禅 求道者 森谷洋至写真集 署名入り 淡交社 1998年 【74】。2B2-5 (山の意匠 田淵行男写真集) 函付 写真集 朝日新聞社 風景 田淵行男。木村伊兵衛写真集・パリ/日本写真家協会初代会長・ライカを駆使し対象をリアルにとらえるスナップ的手法を確立・肖像写真や報道写真で注目。【洋書】Autrefois la FRANCE。洋書◆上空から撮影したスイス写真集 本 風景 景色 自然。送料込◆宮本常一 写真・日記集成 上下別巻 附録揃◆宮本常一、毎日新聞社、2005年/T577。大型本 白旗史朗ヒマラヤ白籏史朗山岳写真集解説115カンチェンジュンガエベレストマカルーマナスルアンナプルナダウラギリヌプツェローツェ。【ARS書店】『Caravans of the Himalaya』ヒマラヤで、砂漠などを隊を組んで通行する商人の集団・発行:Natl Geographic SocietyS。土門拳 風景 総原色図版写真集 矢来書院 118ページ 昭和53年8月10日発行。山の意匠 田淵行男写真集 著者 田淵行男 作品と解説 春の山 天狗原 七つの峰 山の紋章 山の衣裳他 朝日新聞社 昭和46年カバー付 2501-009L。I20-157 札幌から見える山 朝比奈英三・鮫島惇一郎編 北海道大学図書刊行会。岡田紅陽 私的 写真集 写真 12枚 和田英作先生へ 直筆署名入り この世に1つしかありません。※11月下旬4×5300,E6SL
29 ローツェ Lhotse 8511m
この山名も、ロー(南)ツェ(緑)、すなわちエベレストの南峰の意味である。これは1921年、イギリスのエベレスト隊が命名した。エベレスト、K2、カンチェンジュンガに次ぐ世界第4位のローツェ初登頂は、1956年のスイス除で、その後1977年、ドイッ除が登頂に成功した。日本からは1973年、神奈川岳連隊が南壁からのアタックを試みたが雪崩や落石がひどく断念。1981年、ユーゴスラビア隊が南壁の壁には成功したが、登項には至っていない。チェクンから見る3000mのローツェ南壁にはほとんど雪がついていない。
11月中4×5430RDSL+PL
31 クーンブ氷河とプモ・リ Khumbu Glacier,Pumo Ri 7145m
プモ・リという山名は“乙女の峰”という意味で、1924年、エベレストで行方不明になったイギリス隊のマロリーが命名した。この山の初登頂は1962年のドイツ・スイス合同隊で、1953年、インド隊が試みて失敗したリントレンのコルから、北東稜を忠実にたどって頂上に立った。第2登はフランスのシャモニ登山学校隊で、これは富士宮山岳会隊が失敗した南東稜からである。クーンブ氷河のセラックの間からは、7000mを超えているとはとうてい思えないほど間近に、プモ・リの南東面が見上げられた。※11月下旬4×5判180E6SL
33 アマ・ダブラム Ama Dablam 6856m
“巨人の牙”と別名があるアマ・ダブラムの最も典型的な山容を眺めるには、タンポチェがよい。左に6135m峰をもつ西稜を延ばし、やや右に反り身になった、おなじみの姿である。標高は7000mに足らないのにこの山が有名なのは、この独特で悪絶な山容と、イムジヤ・コーラ沿いのどこからでも見ることができる故であろう。アマ・ダブラムとは“母の首飾り”という意味をもち、初登頂はイギリス。1960年のことだが、無許可であった。テープ補修跡あり。1980年秋、日本のイエティ同人隊が北東壁に挑み、見事これに成功している。
39 ヒマラヤひだの無名峰 Unnamed Peak 6430m,ChhukhungGlacier
アマ・ダブラムから東につづく稜線はアンプ・ラブツァからバルンツェにつづいているが、この間、7つの6000m峰がある。この7峰のうち最初の6340m峰のみ、プマ・ダブラム(娘の首飾り)という山名があるだけで、あとの6430m、6246,6146,6238,6205,6840mの6峰は無名峰である。最後の6840m峰を除き、ほかの5つの峰はアマ・タブラム氷河に隣接するチュクン氷河の源頭の峰で、そのヒマラヤひだの美しさはヒマラヤ中随一といってよい。この6430m峰はほかの峰々に比べ標高差があるので、ことに美しい眺めだ。※11月中旬4×5400E6SL
40 カンテガと無名峰群 Kantega 6779m,Unnamed Peaks
カンテガとは“雪の鞍”という意味で、タンポチェ辺りから見る山頂付近の形は、馬の背につける鞍に非常によく似ている。このカンテガから東北東に延びる稜線が、北から北西に転じてアマ・ダブラムに接続する間には6000m峰が数峰あるが、それらはすべて無名峰である。ペリチェから上流に進み、ドゥグラを過ぎる辺りから、それらの無名峰が前山の上に頭をのぞかせてくる。おそらくは未踏の山頂であろうと思われるこれら美しい雪の山頂には、ヒマラヤニストの憧れをかき立てる何かがある。※11月中旬4×5判210E6SL
41 チョ・オユー Cho Oyu 8153m
ドゥド・コシの源流である長大なゴジュンバ氷河の最奥所に、ゴジュンバ・カン、ギャチュン・カンとともに東西に連なる8000m峰である。“トルコ玉の女神”という美しい山名であるが、ゴーキョから見る山体は堂々として“青い巨人”の方がふさわしい。発見したのは1921年のイギリス・エベレスト隊であるが、初登頂はオーストリアのティッヒーとヨヒラーで1954年の春である。この山では同年、女性として当時の最高到達記録(7803m)をつくったフランスのコーガン夫人が、翌年再度の挑戦中、雪崩により遭難死している。※11月下旬4×5判300E6SL+PL
42 ギャチュン・カン Gyachung Kang 7922m
チョー・オユーとゴジュンバ・カンにつづいてチベットとの国境稜線に並ぶギャチュン・カンは、日本人によって初登頂された山である。1964年、長野県岳連隊はゴジュンバ氷河にルートを定め、ベース・キャンプ設営から1ヵ月という短期間で登頂した。このギャチュン・カンという山名の意味は“100の小川の源となっている大きな恵みの山”という長いものだという。荒々しい岩肌を露出させた山容にそぐわないようにも思える。この山を展望するには、ゴジュンバ氷河の奥か、ゴーキョ・ピークが優れている。※11月下旬4×5判400E6SL+PL
43 メンルンツェ Menlungtse 7181m
メンルンツェは別名ジョボ・ガルといい、ロールワリン・ヒマール中の最高峰であるが、チベット領にあるため登山はできず、したがってまだ未踏峰である。すばらしい重量感、美しい雪壁、このメンルンツェの展望台としては、マンルン・ラが第一等地だ。5616mの峠に張ったテントから連日西方のピークに登るが、5月も下旬でモンスーンの前触れか、天候は毎日毎日ぐずついて、この1枚を撮るため、ついに7日を費やしてしまったが、幕営5日目、晴れ上がった空にどっかりと座したメンルンツェに思わず歓声を上げた。※5月下旬4×5判240E6SL+PL
44 ガウリサンカール ガウリンシャンカール Gaurisankar 7146m
一時、この山は世界最高峰だと信じられていた。メンルンツェに次ぐ2つ目の7000m峰でロールワリン・ヒマールのあとの山々はみな6000m峰となる。この山はロールワリン・チューの入り口、シムガオン辺りが一番近くに望めるくらいで、あとはあまり好展望地はない。悪天候の中をシムガオンから登って下りた小さなカルカに幕営する。日没寸前に雲が切れ、ガウリサンカール南壁が見えた。尾根の高みに駆け登っての撮影だったが、牛糞で滑るし、無数のヒルが食い付いてきて、身の置き所がなかった。※5月下旬4×5判300E6SL+PL
ほか
<ジュガール・ヒマール ランタン・ヒマール ガネッシュ・ヒマール>
Jugal Himal , Langtang Himal , Ganesh Himal
ジュガール・ヒマールと一般に呼称されている山は、レンポ・ガン、ドルジェ・ラクバ、グル・カルポ・リ、マディヤ・ピーク、ギャルツェン・ピークほかの、大体ランタン・コーラ左岸の山々である。しかし、これらはランタン・リルンを最高峰として、ランタン・リ、キュンカ・リ、サルバチュム、ペンタン・リほかの山々と同様、チベット領シシャ・パンマを主峰とするランタン・ヒマールに含められるものである。ガネッシュ・ヒマールは、この山群の北西にある7406m峰を主峰とする山群で、主峰以下VI峰まである。主峰からV峰までがすでに登られているが、主峰を除いてすべて近年である。また、チリメ・コーラが中国との国境に修正されたので、南面からの入山は面倒となった。
<マナスル山群>
Manaslu Region
マナスル山群と呼ばれる範囲は、北のラルキャ・ラを頂点とし、東をブリ・ガンダキ、西をマルシャンディの支流ドゥド・コーラで区切られる地域である。この山域にはマナスルを最高峰に、ピーク29、ヒマルチュリがあって、日本人はこれをマナスル三山と言い習わしている。ほかにマナスルの北峰、ヒマルチュリの北峰と西峰が7000m以上の高度をもつ。8000m峰1,7000m峰5、さらにパウダ、ブンギほか数峰の6000m峰もかぞえられる。パン・プチはクータン・ヒマールの北西に連なる峰で標高は不明だが、このほかにも位置。高度など、同定されていないピークがまだ残っている。また、ヒムルン・ヒマールはドゥド・コーラのどんづまりにあって、いまだ未踏の山として残されている。
66 マナスル、ピーク29、ヒマルチュリManaslu 8156m,Peak 29 7835m,Himalchuli 7893m
どちらかというとほかの山群は東西の走向であるのに対し、マナスル山群のみ完全な南北走向である。このマナスル、ピーク29、ヒマルチュリは高度もさほど違わず、山体の大きさも同程度なので、並列を見ると本当に○○三山といった感じである。シスワから尾根道をだらだら登るとマジェクナ峠に出る。。庭の憂 古川三盛著 寺の庭写真集・著者随筆付 観心寺雲心亭 中宮寺奥庭 寂庵他 善本社 平成9年 初版 カバー付 2501-006M。J04-022 岩田孝八写真集 ゆるやかな時間 非売品。洋書◆アンセル・アダムス写真集 ヨセミテと光の山脈 本 自然 風景 景色。美しきアルプス 小森 康行 214ページ 昭和51年7月1日発行 ヨーロッパの名峰。Fremantle Life In The PortCity 英語版 Roger Garwo。題名:日本の山河 作者:緑川 洋一 出版社:矢来書院 サイズ:370×268×32 215ページ 発行日:昭和50年11月10 風景写真集 総原色図版。J19-063 立山・黒部のすべて スタンプ捺印あり、発行年月日不明。I20-107 別冊 山と溪谷 1994 奥田實/大雪山の花 記名塗りつぶしあり。J19-096 大地のおくりもの 吉本良二写真集。★ マッターホルンパノラマ写真 エミールシュルテス Emil Schulthess 1974年9月撮影 ★。EIJUN 永順 野の花の旅から 西オーストラリアに魅せられて 写真とエッセイ 著者 高橋永順 中央公論新社 2000年 初版 カバー付 2501-007M。J15-074 写真集 積丹 神々のいる岬 金澤 靜司。J19-084 縄田頼信写真集 ニュージーランドに恋して 巻頭に著者と思わしきサインあり。日本の庭 (名園編・作庭編・素材編/全2冊セット)毎日新聞社 昭和50年 監修:重森三玲。H23-002 世界の秘境 日本通信教育連盟 3冊セット 箱カバーに汚れ傷角破れ多数あり。。H11-063 日本の国立公園 学研。世界百名山 白川義員作品集(Ⅰ) 白川義員。木村伊兵衛のパリ/木村伊兵衛【著】。H05-016 PHOTONICA 南半球時間 フォトニカ四 パート1 押印複数あり。写真アルバム 松山市の昭和 愛媛県 樹林舎 2015 大型本 郷土本 郷土史 歴史 日本史 記録写真集。小傷み 辻勲原種カトレアの世界 南米への熱き想い。★初版 『 里山は未来の風景(全4巻セット) 』 今森光彦 金の星社。c21a 白川義員作品集 永遠の日本 小学館。世界百名山 II: パキスタン・ヨーロッパアルプス他 白川義員作品。渡辺義雄写真集 日本の塔 信仰とその象徴 毎日新聞社 本。絶版 尾道…セピア色の記憶 過去と現在をゆく今昔散策。幻のネイチャーフォトグラファー木原和人直筆識語入りサイン[光と風の季節]日本カメラ社重版 美本 夢枕獏絶賛カメラマン 一村哲也。H01-015 赤れんが北海道庁旧本庁舎写真集。送料無料 TIME LIFE【未踏の大自然】10冊。世界百名山 白川義員作品集(III) インド 中国ほか/白川義員(著者)。愛蔵版 ふるさと写真館/北国新聞社。[初版・レア本] ヘリコミが飛ぶ 東京の小離島 利島 御蔵島 青ヶ島 東京。S’特別限定版/森山大道【著】。洋書◆フェズ写真集 芸術と知識の街 本 フェス イスラム 建物 風景 景色。われら地球人 三輪晃久写真集/三輪晃久【著】。【限定1000部/謹呈本/署名入】『白籏史朗写真集のTHE GREAT KARAKORAM 』/東京新聞出版局/1997年/二重函/Y12348/mm*24_8/74-03-1A。東大寺 入江泰吉写真集/入江泰吉【著】。【謹呈本/署名入】『白川義員作品集 仏教伝来 全3冊揃』/学習研究社/1987年~/二重函/Y12404/mm*24_8/74-03-1A。写真集ネパールヒマラヤ/白籏史朗(著者)。白籏史朗 魅せられし山々/白籏史朗【著】。写真集 三養荘/畑亮夫(その他)。ボッシュ≪黄昏の叙情≫パステル。中国黄山 HUANGSHAN IN CHINA 華塾出版社 1980/5 本953。☆坂本万七遺作写真集 沖縄 ・ 昭和10年代 新星図書出版 発行 【沖縄・琉球・歴史・文化】。激レア☆黄山神韻―汪蕪生 山水写真集。禅 求道者 森谷洋至写真集 署名入り 淡交社 1998年 【74】。2B2-5 (山の意匠 田淵行男写真集) 函付 写真集 朝日新聞社 風景 田淵行男。木村伊兵衛写真集・パリ/日本写真家協会初代会長・ライカを駆使し対象をリアルにとらえるスナップ的手法を確立・肖像写真や報道写真で注目。【洋書】Autrefois la FRANCE。洋書◆上空から撮影したスイス写真集 本 風景 景色 自然。送料込◆宮本常一 写真・日記集成 上下別巻 附録揃◆宮本常一、毎日新聞社、2005年/T577。大型本 白旗史朗ヒマラヤ白籏史朗山岳写真集解説115カンチェンジュンガエベレストマカルーマナスルアンナプルナダウラギリヌプツェローツェ。【ARS書店】『Caravans of the Himalaya』ヒマラヤで、砂漠などを隊を組んで通行する商人の集団・発行:Natl Geographic SocietyS。土門拳 風景 総原色図版写真集 矢来書院 118ページ 昭和53年8月10日発行。山の意匠 田淵行男写真集 著者 田淵行男 作品と解説 春の山 天狗原 七つの峰 山の紋章 山の衣裳他 朝日新聞社 昭和46年カバー付 2501-009L。I20-157 札幌から見える山 朝比奈英三・鮫島惇一郎編 北海道大学図書刊行会。岡田紅陽 私的 写真集 写真 12枚 和田英作先生へ 直筆署名入り この世に1つしかありません。それにしても、ネパールの東から西のはずれまで、くまなくとまではいえないまでも、そのほとんどを自分の足で歩きとおすことができたのはまたとない体験となった。どうしても入ることのできない地域もあったが、それはネパールの内政事情によるもので、そうした地域が、ヒマラヤとあまり関係ない場所であったことも好運であった。シッキムと境を接するカンチェンジュンガ山域から、ガルワールに至るアピ山域まで、グレート・ヒマラヤの谷に沿い、尾根を越え、縦横に歩いた距離は、およそ12000kmにも達するもので、これはネパールの首都カトマンドゥから東京を直線で結んだ距離の約2倍に相当する。その間、標高200mのテライの平野から6000m以上の高地までは必ず数回の峠越えがあり、折角かせいだ高度をアッという間に失い、また最初から出直しとなるのがキャラバンの通例であった。キャラバンに雇用するポーターも少ないときで10人、多いときは50人にものぼった。シェルバも同様で、奥地に深く入る必要があればあるだけ食料や装備がかさみ、ポーターの数が増え、それを管理し、高所への荷上げのためにシェルパも多くなるのである。メンバー、リエゾン・オフィサー、シェルパ、キッチン、ポーターの合計で60人以上というときさえあった。こうした中で、カメラとフィルムの携行・運搬にもっとも気を遣わされた。フィルムは熱を加えないようにするため断熱材で梱包、休憩時は日陰に置くよう申し渡しても、監視のシェルパさえすぐに忘れてしまうし、これらの機材・フィルムを最優先で強いポーターに背負わせることさえままならなかった。スリップや転倒、休息時にカメラやフィルムがあやうく失われそうになったことも何度かあり、ガネッシュ南面での下山ではポーターがスリップして、フィルム・トランクが滝下に落ち、撮影済みフィルムが水に浸かったことさえあった。(以下略)
●著者紹介
白旗史朗(しらはた・しろう)
昭和8年。山梨県大月町に生まれる。昭和26年より岡田紅陽氏に師事。昭和33年にフリーとなり、山岳写真を主体に自然風物・内外風景写真を定期刊行物および各種出版物に発表し、現在に至る。日本写真協会会員。テープ補修跡あり。第2次RCC(ロック・クライミング・クラブ)同人。山岳写真の会「白い峰」会長、日本山岳会会員。
昭和41年アフガニスタン、ヒンズー・クシュ山脈に遠征。初登頂5,第2登1。
昭和44年インド、パンジャブ・ヒマラヤ遠征。デオ・ティバ峰(6001)登頂。
昭和45年ネパール・ヒマラヤ、マカルー峰(8481)遠征。
昭和46年ヨーロッパ・アルプス全域を撮影取材。
昭和49~50年インド各地、ヨーロッパ・アルプス、ネパール・ヒマラヤ撮影取材。
昭和51年中央アジア・パミール遠征。コミュニズム峰(7482仁)登頂。昭和53年ヨーロッパ・アルプス全域の冬期撮影取材。
昭和54年南米、ペルー・アンデス遠征。ワスカラン峰(6768)登頂。昭和55年ヨーロッパ・アルプス全域を3度撮影取材。ネパール・ヒマラヤ、アンナプルナ山群ロシュ・ピーク(5663に)およびクーンプ山城アイランド・ピーク(6189)登頂。アンナプルナ内院、クーンプ・ヒマール全域の撮影取材。昭和56年ネパール・ヒマラヤ遠征。カンチェンジュンガ全域、マカルー全域、ランタン、ジュガール、ガネッシュなど、各ヒマール全域の撮影取材。
昭和157~58年ネパール・ヒマラヤ遠征。ガネッシュ北面、マナスル三山全域、アンナプルナ北面、ダウラギリ全域、およびカンジロバ、アビ、ナンパ。サイパル等、西部山域の撮影取材。
昭和35~54年富士フォトサロン(東京)ほかにて合同展,二人展,三人展,四人展など多数開催。
昭和38~55年富士フォトサロン(東京・大阪)にて「アフガニスタン」「マカルーへの道」「尾瀬」「わが南アルプス」「富士山」「ヨーロッパ・アルプス」「北アルプス」など個展11回、アンコール展多数。
昭和52年「尾瀬」「わが南アルプス」「富士山」などの写真集で日本写真協
会賞受賞。
●主な著書
写真集『南アルプス』『尾瀬」「わが南アルプス』『富士山』『尾瀬幻想』『昭和写真・全仕事・白旗史朗』(以上朝日新聞社),「北岳』『尾瀬」「富士山」「カラー南アルプス」「カラー尾瀬」「わたしの山』「ヨーロッパ・アルプス』『北アルプス』『名峰日本アルプス」(以上山と渓谷社)、「富士山」(国際情報社),『富士山』(大修館書店)、『アルプス讃歌』(集英社)、『残照の山」(講談社)ほか。その他『尾瀬の山旅』(朋文堂),『山岳写真入門』「高山植物入門』『山岳写真テクニック』(以上山と渓谷社)、『山に生きる』(大和書房)、『山に憑かれて』(成美堂出版)、『高山植物の一年」(あかね書房)、『カラー高山植物」(東京新聞)、南アルプス・尾瀬に関するガイドブック10冊のほか、共著多数。